MISSION 学園の目的

キリスト教主義に基づいた国際人の育成。
これが本学園の設立の目的です。

この法人は、教育基本法及び学校教育法に基づき基督教主義により男女青少年に知識技能を授け、人格教育を行い、国家及び世界のため貢献する有益な人材を育成することを以って目的とする。 「学校法人桜美林学園寄附行為」
学園創設者 初代学長 清水 安三先生
学園創設者・初代学長
清水 安三
1891〜1988

本学園創立者清水安三は、同志社大学神学部を卒業後、1917年、日本人宣教師第一号として組合教会からキリスト教牧師として中国に派遣されました。二年後、中国北部をおそった大干ばつにより、多くの子供たちが飢えに苦しんでいる惨状を目の当たりにした清水は、北京に「災童収容所」を開設し、799人の幼い命を救いました。そして貧しい農村の子供たちが教育の機会を持たない事に心を痛め、1921年5月、北京の朝陽門外に生徒24人を集めて崇貞平民女子工読学校(後に崇貞学園と改名)を設立し、本格的に教育活動を始めます。これが現在の桜美林学園の源です。崇貞学園は日本、中国、朝鮮半島の子供たちが分け隔てなく、それぞれのアイデンティティが大切にされる中で、約700人の生徒が学ぶ学校として発展しました。
 清水は、崇貞学園の教育活動が軌道に乗り始めた3年後、アメリカ・オハイオ州のOberlin Collegeに留学。ここでOberlin Collegeの名の由来である、フランス・アルザスの牧師であり、教育者であったジャン=フレデリック オベリン(J. F. Oberlin 1740-1826)の教育思想に出会います。桜美林学園が今も学園のモットーとして大切にしている「学而事人」(学びて人に仕える)の教えは、このオベリンが提唱した“Learning and Labor”の思想と重なるものです。
 崇貞学園は日本の敗戦により中国政府に接収となり、清水は無一文で日本へ引き揚げ、戦争で荒廃した現在の地で再び教育活動を再開することを決意し、1946年に桜美林学園を設立しました。校名は、ジャン=フレデリック オベリンの教育の理念と実践を自らに重ね合わせ、当時校舎を取り巻いていた桜をヒントに、オ=桜、ビ=美、リン=林と当てはめ、「桜美林」としました。どのような環境にあっても常に希望を持ち、国や人種を越えて人々の痛みを理解し、多様な価値観に対応できる人材を育てるために心血を注ぎました。
 1921年、中国北京の地に蒔かれた一粒の種が、90年を超える時を経て、東京において成長し、幼稚園、中学校、高等学校、大学・大学院を擁する学園に発展してまいりました。崇貞学園として創設された学園はところを移し、名を桜美林学園と改め、形は変わっても清水の教育に対する思いは今も受け継がれ、10,000人以上の学生、生徒、園児が集う学園として発展しています。

崇貞学園の校舎
崇貞学園の校舎

学園創設者 初代学長 清水 安三先生
桜の咲く町田の旧校舎

校章 【Three-nails crown】

校章

本学園の校章は、キリストが十字架につけられた時に、かぶせられた荊の冠とその身体に打ち込まれた三本の釘をデザイン化しています。
 「艱難(かんなん)を経て栄光に至る(per patientiam ad gloriam)」という意味を持っており、全人類の救いのために自らの命を捧げられたキリストの愛がここに表されています。

桜美林学園歌

作詞 清水安三(学園創設者) 作曲:小川留三(元桜美林中学校長)

桜美林学園校歌