写真で振り返る学園の沿革(崇貞学園から桜美林学園へ)

桜美林学園は、その前身である崇貞学園に始まり、2021年には100周年を迎える学校法人です。沿革では年表によって時系列に歴史をたどることができますが、学園の歴史を刻むように折々に撮影された数多くの写真も残されています。

各行事を知る写真、校舎が充実していく様子が分かる写真を通して桜美林学園の歴史を振り返ります。

(町田に創立されて60周年を記念した写真展「桜美林の記憶」を再編し、最近の写真を追加しました)

崇貞学園から桜美林学園へ

1920〜30年代

崇貞学園の生徒たち

この写真は、校舎の中で生徒が並んで撮影した集合写真です。写真を見ると分かるように、生徒は女の子ばかりです。崇貞学園は北京の朝陽門外という場所に建てられました。朝陽門外は、当時貧困にあえぐ人々が集中した地域で、その朝陽門外の家庭に生まれた子どもたち (特に女の子)は、教育を受ける機会に恵まれていませんでした。創立者の清水安三は、裕福な家庭の子どもたちではなく、そうした貧しい子どもたちを救うために崇貞学園を開きました。

1930年代

崇貞学園時代チョゴリを着た安三

崇貞学園は、北京の朝陽門外にあるスラム街で生活する女の子のための学校として設立されました。写真は、北京の崇貞学園で朝鮮の民族服であるチョゴリを着て微笑む安三の姿です。崇貞学園では、さまざまなルーツを持つ生徒たちが多く学んでいました。中国はもちろん、朝鮮半島からやってきた子供たち、また、後に安三に憧れて日本からわざわざやってきた生徒もいたそうです。この写真は、そんな崇貞学園の国際的な雰囲気を表しているといえるでしよう。

1930〜40年代

崇貞学園の授業風景

この写真は、崇貞学園の授業風景です。黒板に文字を書いているのは男の子です。崇貞学園は当初「崇貞工読女学校」という女学校でしたが、アメリカで教育学や学校経営学を学んだ郁子が、学校の運営に参画するようになると、郁子の理想である男女共学を実践する場ともなり、徐々に男子生徒も受け入れていくことになりました。

1930年代後半〜1940年代前半ごろ

崇貞学園グラウンドのメインスタンドに座る清水夫妻と生徒たち

この写真は、崇貞学園のグラウンドに作られたメインスタンドに座っている安三とその妻郁子、教職員、生徒たちの姿です。崇貞学園は次々と発展、拡大し、ついには、このような石積みの立派なスタンド付きのグラウンドや校舎を作るほどに充実していきます。当時貧民街だった朝陽門外において、このような立派な施設を持つ崇貞学園は、周囲に住む人々から宮殿に例えられていたそうです。

1946年

桜美林学園を創立

敗戦により崇貞学園を中国政府に接収され、清水夫妻は日本への引揚げを余儀なくされます。この写真は、現在桜美林のあるこの場所に2人がやって来た時の様子です。トランクとリュックに入るだけの荷物を持って、1946年3月22日に東京まで帰ってきた2人でしたが、へこたれることなく、すぐに新たな学校の設立へ動き始め、同年5月29日には文部省からの認可を取り付け、桜美林学園を創立します。

1950年代

町田キャンパスの旧校舎で

この写真は、旧校舎の教室で授業をする安三と学生たちの様子です。創立当初の桜美林は、敗戦直後の物不足の時代にあったということもあり、安三は毎日忙しく走り回って、学校に必要な物資をさまざまなルートから苦労して入手していました。しかし、同時に自ら教壇に立って授業を受け持ち、学生と直接触れ合うことも忘れませんでした。安三が教えた課目は主に英語購読でした。

1950年代前半ごろ

桜美林学生募集のポスターを貼る生徒

この写真は、桜美林の生徒が生徒募集のポスターを貼っているところです。教職員だけでなく、生徒もこうした仕事にともに携わって、全員で学園を発展させました。桜美林ができて間もないころは、安三が自らポスターを手書きし、貼り歩くということもあったそうです。

1959年

スクールバス導入

明々館の手前に見えるのは、導入されたばかりのスクールバスです。それまでは学生・生徒たちは皆、淵野辺駅から雨が降ると靴が沈んでしまうような泥んこ道を歩いて通っていました。

1966年

大学が認可を受け、夢の実現

この写真は、桜美林大学の設置が文部省に認可され、学生たちが安三を胴上げしているところです。喜びいっぱいの安三を学生たちがみんなで祝福しています。これは学生時代から抱き続けた夢が実現した瞬間でもありました。この時、75歳でした。

1987年

安三銅像除幕式

学園創立40周年記念事業として、安三の銅像建立が提案され、1987年に完成。6月1日に除幕式を執り行いました。この像は安三の1.2倍の大きさで、現在は理化学館前に設置されています。

1988年

安三学園葬

96才で永眠した安三の学園葬が、1月30日荊冠堂チャペルで行われ、学園関係者をはじめ、在学生、同窓生、近隣の方など大勢が献花をし、安三を見送りました。

1996年

桜美林学園創立50周年式典

5月29日に文部省や町田市職員、教育業界関係者、教職員、同窓生など約500人が列席し、レクチャーホールで記念式典を行いました。

2005年

桜美林大学孔子学院設立調印式

11月1日に中国孔子学院本部と提携し、中国語および中国文化普及のための機関「桜美林大学孔子学院」を設立しました。東日本では初めて、日本では2番目の開設となりました。